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テーブルに並ぶ皿に盛られたプディングは、どう見積もっても二人前を軽く超えている量だ。
いったい誰の腹に納まるのだろう。
ぼくはその疑問を解き明かそうと(答えは薄々分かってはいたが)、ジャックに声をかけた。

「ジャック。ひとつ教えてくれないか」

ところが、穏やかに切りだしたぼくの声は完全に無視されてしまった。
これはいきなりの敗北か。
つまり、ぼくという存在は、プディングという別の魅力的な存在を前にした彼の関心を引くには
まったく至らなかったのである。
鼻歌こそ聞こえてはこないが、彼は皿に顔を近づけると、満足げに目を細めた。
そして、幸せを絵に描いたような笑みを浮かべて言う。

「うーん。我がプディング嬢よ! この色艶、匂い! どうだね、征服欲がそそられるじゃないか」

彼はおもむろにナイフを入れると、大きな塊を切り分け、すばやく口に入れた。

「ぼくとしてはだね、プディングにはレーズンをケチケチせずにたっぷり入れてほしい。
 そう、こんなふうに…っと、おっと待てよ。これは、これは…」

口をもごもごと動かしながら眉間にシワを寄せ、味を確かめるように小さく舌を打ち鳴らす。

「理由があってなのかどうか知らないが、砂糖をケチるのは感心しないな」
「ジャック」
「そもそも、砂糖ってのは何のためにあるんだ? 人生を甘く豊かに彩るためだろう。
 味わえば天国。まさに甘美。愛人達の優しい微笑みにも劣らない…」
「ジャック!」

威嚇するようなぼくの呼びかけに彼は目を丸くして驚き、口いっぱいに頬張ったプディングを
急いで飲み込もうとした。
ゴクリと喉を鳴らし、その大きさときたら子豚一匹がまるごと入るのではないかと思われる、
彼の胃袋という名の海の中へ、飲み下したプディングを勢いよく投下する。

「スティーブン。いや、すまない。何度かぼくに話しかけようとしていたね?」
「ああ…。そのとおり」

幸せそうに興奮した様子で頬を上気させている彼を見ていると、これ以上咎める気にもならなくなる。

「たいしたことじゃない。ただ、その皿が誰の分か気になってね。
 遅れてやって来る気配もなし、だとすると、ぼくの他に客人はいないとすると…。
 まさか、きみ、もう一皿たいらげるつもりじゃないよね?」
「そのまさかだよ。
 他に客といえば、そうだなぁ、きみのチェロがプディングを食べたいというのでなければな!」
「ジャック…太るぞ」
「わははっ!」

巨体を震わせ、キャビン全体を揺るがすような大声で彼は笑った。
ぼくはわざとらしくため息をつき、大げさに肩をすくめてみせる。
そして、同じようにため息をつく、背後に控えていたキリックと顔を見合わせた。

「まったくです。このまま順調にいっちまったら、手持ちのシャツのボタンがもちませんですぜ。
 サーの腹の上で、大砲みてぇにドカーンと弾けて飛んでっちまうのが目に見えてまさぁ」
「何か言ったかね、キリック?」
「いいえ、何も」
「結構。さあさあ、空いた皿は早くどかしてくれたまえよ。お次のスウィートハートが控えているんでね。
 ああ、それからコーヒーをもう一杯頼む」
「アイ・サー」
「ドクターの分も忘れずにな。角砂糖は3つだ」
「アイ・アイ・サー」

キリックが皿を片付けながら、何を言っても無駄だろうと、諦めの表情で首を横に振る。

「ぼくは砂糖はいらないよ」
「何を言うんだ、スティーブン。きみももう少し肉をつけたまえ。
 来る時のためにもなぁ、余裕のある今のうちに体力の向上に励んでおいたほうがいい。
 これからいざって時、敵さんの首根っこの上でも女の腹の上でも、満足にとどめを刺せずに
 自分のほうが先に果てちまったら、そりゃあ大いに困るってもんだろう、えっ?」
「贅肉と体力の値は比例しないよ、ジャック」
「ドクターは砂糖なしで。アイ・サー」
「違う違う、3つだ。おい、ちゃんと聞いてるか? キリック!」

ぼくは、キャビンを出て行く気苦労を背負ったキリックの背中を見送った。
ふと気づいて、そのまま視線を横に流し、そこにあるヴァイオリンの優美なラインを目で賛美した。
大きくて肉付きのよい彼の手は、この小さな楽器を巧みに操り、驚くほど繊細な音色を紡ぎ出す。

不思議な男だ。

だがな、ジャック。ぼくの腕の長さには限界があるんだ。
これ以上太られたら、巨木のようなきみの体を抱きしめることができなくなるじゃないか。